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61 105/2 日文系 曾秋桂 教授 期刊論文 發佈 エコクリティシズムから読む有吉佐和子『複合汚染』 , [105-2] :エコクリティシズムから読む有吉佐和子『複合汚染』期刊論文エコクリティシズムから読む有吉佐和子『複合汚染』生態批評主義論述下的有吉佐和子《複合汙染》閱讀風貌曾秋桂エコクリティシズム;有吉佐和子;『複合汚染』;読み;必要性;生態批評主義;有吉佐和子;《複合汙染》;閱讀;不可或缺必要性『台湾日本語文学報』41号P49-66「ストーリー‧テラー」と評された有吉佐和子の『複合汚染』(初出1974-1975『朝日新聞』、単行本上下1975)は、ややともすれば、「構成の破綻」、「型破りの小説」の悪評を受けている。今回、コクリティシズムの根幹を為す「環境思想における人間中心主義から環境中心主義への転移」、「人間中心主義の解体と環境中心主義」の観点から、『複合汚染』を読解した結果、大自然との調和、酷使する農薬による環境の複合的汚染をめぐる作家有吉佐和子の文学的関心と実践の軌跡の一端が明らかになった。ここから逆に考えると、「選挙」、「環境汚染」、「消費者運動」の三要素が絡む公害問題は、エコクリティシズムの視点によってこそ問題の重大さを認識できるという共通点によって、分裂していると言われた前半と後半を緊密に連結させており、後半の大自然との調和への大事な主張へと繋がっていくという構造をより明確に見出すことが出来た。これこそ、『複合汚染』の読みにエコクリティシズムの導入の必要性を裏付ける有力な証明だと言えよう。jp國內否TWN
62 105/2 日文系 蔡欣吟 副教授 期刊論文 發佈 日本語教科書にみる多義動詞「きく」ー中国語母語話者による語義判断に着目してー , [105-2] :日本語教科書にみる多義動詞「きく」ー中国語母語話者による語義判断に着目してー期刊論文日本語教科書にみる多義動詞「きく」ー中国語母語話者による語義判断に着目してー蔡欣吟中国語母語話者;教科書;多義語;聞く;語義判断日本學刊 20日本語学習者にとって、多義語の語義判断は容易にできることではない。実際に 教育現場に活用できる語義判断の手がかりを提示することを、本稿の目的とする。 台湾で使用されている教科書を調査資料に、多義動詞「きく」の導入過程と使用例を 観察した。意味の判断に戸惑う原因は、日本語における語義の上位概念は一つである のに対し、中国語ではそれは別々の語で表されるため、それらの上位概念が日本語と 共通していないことにあると推定する。この問題を解決するために、動作の自発性と 積極性に着目した。「きく」の使用例を文脈依存型と共起関係依存型に分類し、考察 した結果、自発性と積極性によって、それに相応する語義を選択することが妥当で あることが認められる。この調査結果は学習者に、より豊富な選択の仕方を提供 できると考える。jp國外是HKG
63 105/2 日文系 山下文 助理教授 期刊論文 發佈 「遍昭らしさ」の行方ー三代集と『遍昭集』を通して」 , [105-2] :「遍昭らしさ」の行方ー三代集と『遍昭集』を通して」期刊論文「遍昭らしさ」の行方ー三代集と『遍昭集』を通して」山下文国語国文、第八十六巻、第四号、60-70頁jp國外是JPN
64 105/2 日文系 王憶雲 副教授 期刊論文 發佈 「問題文藝」與早稻田派—探討與日本自然主義的關係— , [105-2] :「問題文藝」與早稻田派—探討與日本自然主義的關係—期刊論文「問題文藝」與早稻田派—探討與日本自然主義的關係—「問題文芸」と早稲田派-自然主義との関係を通して-王憶雲問題文芸;問題劇;自然主義;早稲田派;中村星湖;問題文藝;問題劇;自然主義;早稻田派;中村星湖台大日本語文研究 33,頁29-48本稿は早稲田派を切り口にして﹑大正四年(1915)に文壇を賑わした「問題文芸」論争の文学史的な意義を考えたものである。「問題文芸」論争とは﹑中村星湖が大正四年元旦の「読売新聞」に寄稿した「問題文芸の提起」によって起こった一連の議論を指す。この議論は﹑新文学のあり方をめぐったものである。「中央公論」や「新潮」などの主要雑誌まで「問題文芸」を特集しており﹑この年最も活発に言葉を交わされた話題である。そして﹑田中純﹑本間久雄﹑相馬御風ら早稲田派の若い世代も積極的にこの話題と関わっている。彼らの評論を手がかりにすると﹑彼より一世代前の長谷川天溪が示した理論とのつながりが見出される。また﹑島村抱月が代表した﹑明治四〇年(1907)頃の自然主義時代に見られる「問題文芸」への理解の仕方や﹑イギリスの文学者ウィリアムアーチャー(William Archer, 1856-1924)の来日などの点からも検討し﹑その関係を明らかにする。以上の考察を通して﹑これまで指摘されていない「問題文芸」の一面を提示する。 大正四年(1915),作家中村星湖(1884-1974)在《讀賣新聞》上發表評論〈問題文藝之提起,表示當前的新文學應以心理描述為核心發展,之後「問題文藝」在文壇引起了廣泛的討論,「新文學」該何去何從,成為當年文壇最熱門的話題。不過,關於本課題之先學研究,數量鮮少。拙稿分析當年發表於報章雜誌的相關評論,聚焦於多位畢業於早稻田大學的文學家身上,如田中純,本間久雄、相馬御風等人,確認這個問題與明治後期的自然主義運動緊密相連,有其文學史上的意義;進而透過兩個角度深入探討,一是自然主義時代是如何使用「問題文藝」一詞,二是英國戲劇評論家威廉.亞契(William Archer, 1856-1924)的訪日,與他在早稻田大學的演講所帶來的影響。統整以上的探討與分析,發現「問題文藝」反映了繼承自然主義的年輕世代對於新文學走向的共同焦慮,包含複雜的面向。jp1609-8978國內THCI Core@@dds@
65 105/2 日文系 王憶雲 副教授 期刊論文 發佈 岩野泡鳴〈五部作〉の構想と生成 , [105-2] :岩野泡鳴〈五部作〉の構想と生成期刊論文岩野泡鳴〈五部作〉の構想と生成王憶雲国語国文 86(6),頁555-565jp國外是JPN
66 105/1 日文系 周躍原 講師 期刊論文 發佈 日本語契約書の中訳指導について , [105-1] :日本語契約書の中訳指導について期刊論文日本語契約書の中訳指導について教導翻譯日文契約書周躍原契約書翻訳;予備知識;翻訳演習;誤訳の分析;契約書翻譯;預備知識;翻譯練習;錯譯分析淡江日本論叢 34,頁71-96学生たちが社会に出て、専業の翻訳者にならなくても日本ビジネスにかかわる会社に就職すれば、「日本語学科卒」ということだけで、日本語のスペシャリストとして期待され、メールからスペック、マニュアル、契約書にいたるまで様々なビジネス文章を翻訳させられる機会は意外に多い本稿では日本語契約書の中訳を導入するに当たって、予め契約書について説明しておいてから専門用語・法律用語を正確に調べること、権利と義務の表現を正しく使い分けること、同じ言葉には同じ訳語をあてること、文言で仕上げることなどの、契約書翻訳に関する予備知識を教えることを提言する。そして、学習者に契約書を訳してもらい、その訳文の問題点や誤訳を見出して分析する。それに基づいて学習者がよく犯す間違いの実態や原因を把握し、日本語契約書の中訳の指導法への示唆を得る。 日文系學生畢業後,即使不成為一名專業翻譯員,一旦進入和日本商務有關的企業就業,往往企業也會期待他(她)能翻譯各種商業文件資料,包括電子郵件、商品規格、使用手冊乃至契約書。本文旨在探討翻譯日文契約書的教學法。筆者首先建議讓學生練習翻譯契約書前,先就何謂契約書作說明,並教導和契約書翻譯有關的一些預備知識:譬如應確實查閱專業術語與法律用語;正確分辨權利與義務;統一同一詞彙之譯詞;以書寫體翻譯等。接下來再就學生的翻譯內容找出不適當的翻譯與錯譯,進行分析以掌握學生易犯錯誤類型與相關教學法。jp2075-356X國內是TWN
67 105/2 日政所 任耀庭 教授 期刊論文 發佈 TPP 日米農産物マーケットアクセス交渉の研究―日本農産物市場開放戦略― , [105-2] :TPP 日米農産物マーケットアクセス交渉の研究―日本農産物市場開放戦略―期刊論文TPP 日米農産物マーケットアクセス交渉の研究―日本農産物市場開放戦略―TPP美日農產品貿易談判之研究-日本的農產品市場開放策略任耀庭TPP;従価税;非関税貿易障壁;関税割当て;特別セーフガード問題と研究 46(2), p.1-582016年2月に12ヶ国がTPP協定を締結した。その協定によると、日本の商品マーケットアクセスを示す自由化比率は95%(9,321課税項目)、農林水産品の自由化比率は82%(2,594課税項目)である。とりわけ、米、小麦、砂糖、牛肉と豚肉、乳製品等五大重要農産物の自由化率は29%にとどまる。高い自由化水準を標榜するTPP交渉において、何故日本はこのような結果を得られたか。日米農産物市場アクセス交渉の合意はTPP商品市場アクセス交渉の合意を達成する礎である。本研究はTPP日米農産物市場開放交渉の経過と合意の内容を分析し、三つの日本商品市場開放戦略、五つの日本農産物市場開放戦略をまとめ、そしてその政策的な意味合いと、台湾に対するインプリケーションを探った。jp0288-7738國內否TWN
68 105/1 日文系 落合由治 教授 期刊論文 發佈 近代日本における進化概念の受容とその変貌─学界とメディア界の言説資料から─ , [105-1] :近代日本における進化概念の受容とその変貌─学界とメディア界の言説資料から─期刊論文近代日本における進化概念の受容とその変貌─学界とメディア界の言説資料から─落合由治進化;近代日本;受容;メディア;大衆社会;進化;近代日本;受容、變容;媒體;大眾社會|evolution;modern Japan;acceptance;media;mass society日本論叢 34,頁45-70本論文では、近代日本における進化概念の社会的受容の広がりを知るために、メディアの資料を使用して、以下の手順で近代日本社会での進化概念の受容とその変貌を事例研究の形で跡づけてみた。事例資料として『読売新聞』データベース「ヨミダス歴史館」(以下、『読売』)を用い、明治期(1879~ 1912)、大正期(1912~ 1926)125、昭和戦前期(1926~ 1945)、昭和戦後期(1945~ 1986)の「進化」関係記事を取り上げた。その結果、近代日本の大衆社会での「進化」概念の受容は、昭和戦前期までは社会進化論が主流で、昭和戦後期から初めて生物学関係の進化が中心になったことが分かった。従来の思想研究では、思想家だけに対象を限定して思想の発展等を理解してきたが、今回の社会的受容の点から見ると思想家の思想紹介と社会的受容は直接の対応関係にはなく、社会への受容過程は異なった視点で考える必要があることが窺える。 本論文目的為了探知近代日本進化概念如何在當時社會被接受,又如何被轉變?將藉由使用媒體報導資料,以案例研究之方式來進行剖析近代日本社會中之進化概念的受容與變容。取材於《讀賣新聞》資料集中之「讀賣資料歷史觀」(以下簡稱《讀賣》)。其中包含了明治期(1879~ 1912)、大正期(1912~ 1926)、昭和戦前期(1926~ 1945)、昭和戦後期(1945~ 1986)等,有關「進化」之相關報導。考察分析結果顯示:遍及於近代日本大衆社會中之「進化」概念,至昭和戰爭前期皆以社會進化論為主流,昭和戰爭後期開始才以生物學相關的進化為主軸開始發展。一般所謂的思想研究範疇,大都限定於某位思想家來了解其思想以及其思想上的種種轉變。而本次則採取從社會層面來觀察且應證出一點,即是某位思想家之思想紹介與社會上受容並非是處於直接對應之關係,於是給予該社會之影響(受容、變容)過程,有必要從不同的思維角度,來進行深度觀
69 104/2 日文系 落合由治 教授 期刊論文 發佈 談話研究における言語単位の考察─日本語教育の現場と研究の革新のために─ , [104-2] :談話研究における言語単位の考察─日本語教育の現場と研究の革新のために─期刊論文談話研究における言語単位の考察─日本語教育の現場と研究の革新のために─目標日語教育現場及研究之革新而進行考察談話研究中之語言單位落合由治談話;言語單位;談話前提要件;要件;日劇;discourse;linguistic unit;discourse formation;element;drama scenario台灣日本語文學報 39,頁69-94言語研究的基本問題之一,是該如何設定言語單位。近年談話研究領域常盛行有關談話之基本單位等論述。事實上,在日本國內談話研究早已於1960年代開始,所以近年相關研究的再次興起,可謂是回歸該領域的研究原點。截止目前的談話研究成果,是從各類的視點與方法發展而出,基本上的考察大多沒超出言語表現,或從言語表現觀察出的非言語行動定等範圍。尚未出現將某個具體表現主體施行於社會的談話基本成立要件,當作研究主題而進行的研究成果展現。鑑此,本論文以具體表現主體施行談話為前提要件,從組成談話之情境、角色、目的等三個要件當作切入點,來彙整、歸納目前談話研究的成果。並依據日劇等談話資料,來考察其具體要件的特徵。如此地藉由設定情境、角色、目的等三個要件的重要性來進行考察,不僅在日本語教育領域上,達到讓日語學習者學習言語表現得目的之外,還能依據所處的情境、角色、目的而衍生體認參與對話之必要性。此乃本論文之重要研究成果的所在。jp1727-2226國內否TWN
70 105/1 日文系 曾秋桂 教授 期刊論文 發佈 ネイチャーライティングの観点から読み解く石牟礼道子『苦海浄土』―故郷との対話を中心に― , [105-1] :ネイチャーライティングの観点から読み解く石牟礼道子『苦海浄土』―故郷との対話を中心に―期刊論文ネイチャーライティングの観点から読み解く石牟礼道子『苦海浄土』―故郷との対話を中心に―曾秋桂比較文化研究 124jp國內否TWN
71 105/1 日文系 曾秋桂 教授 期刊論文 發佈 職業作家の視点から見た二人の国民作家漱石と村上春樹 , [105-1] :職業作家の視点から見た二人の国民作家漱石と村上春樹期刊論文職業作家の視点から見た二人の国民作家漱石と村上春樹從職業作家的視點來看「二位國民作家」漱石與村上春樹曾秋桂「二人の国民作家」;職業作家;意識;異同;永遠なる憧れ;「二位國民作家」;職業作家;意識;異同;永遠憧憬的標竿台灣日本語文學報 40,頁77 - 103本論文は、「二人の国民作家」と呼ばれた漱石と村上春樹の持つ、作家を職業とする意識の究明を目的としたものである。村上春樹『職業としての小説家』(2015)と、『漱石全集』第11 巻、『漱石全集』第16 巻を資料とし、評論、講演、文学賞、職業作家意識、読者への対応の5 点に分けて、「二人の国民作家」の異同の探求を進めた。考察した結果、評論、講演の2 点では、漱石は村上春樹とあまり変わらない消極的態度を採っていたが、朝日新聞社入社後、積極的に行うようになっている。また文学賞などの権威を盾にしたシンボルを、漱石は断じて拒絶する姿勢を見せた。一方、村上春樹は文学賞よりも読書・執筆の方が大事だと述べている。そして、職業作家意識、読者への対応の2 点については、多少相通じた点が見られる。ただし、読者への目線の位置の違いからは、漱石と村上春樹の両者が生きた時代の相違を覗くことが出来る。とはいえ、時代の枠を超えて、両者の職業作家としての意識は一致している点が多い。そこからは、漱石文学を自分の永遠なる憧れにし、愛慕しつつある村上春樹の姿がくっきりと見られる。 本論文主要是考察被稱為「二位國民作家」之漱石與村上春樹,兩人所擁有的職業小說家之意識差異性。具體以村上春樹之《職業としての小説家》(2015)與《漱石全集》第11 巻、《漱石全集》第16 巻當作文本,從評論家・評論、講演活動、文學獎、職業作家之意識、讀者等5 個面向,仔細進行考察、分析。考察結果顯示評論家・評論、講演活動兩個面向上,漱石跟村上春樹一樣採取消極的態度。但當進入朝日新聞社後,漱石變得積極從事評論家・評論、講演活動等社會活動。又漱石對文學獎的權威象徵,自始至終採取斷然拒絕的姿態。而村上春樹則持以與其談文學賞獲獎之類,倒不如閱讀書籍、從事創作更具意義之論調。再者於職業作家之意識、讀者兩個面向上,兩人多少有些共同點。然而兩人在看待讀者的視線之位置是不同的。此反映出漱石與村上春樹兩人所生存時代背景之不同。話雖如此,
72 104/2 日文系 曾秋桂 教授 期刊論文 發佈 エコクリティシズムから読むポスト3・11文学作品―多和田葉子『献灯使』を中心に― , [104-2] :エコクリティシズムから読むポスト3・11文学作品―多和田葉子『献灯使』を中心に―期刊論文エコクリティシズムから読むポスト3・11文学作品―多和田葉子『献灯使』を中心に―從生態批評主義閱讀後311 文學作品—以多和田葉子《獻燈使》為例曾秋桂多和田葉子;《獻燈使》;生態批評主義;後311;核災;Tawada Yoko;"Kentoushi";eco-criticism;post 311;nuclear power plant disaster台灣日本語文學報 39, 頁1-23本論文主要是分析311 之後刊行的日本文學作品之一的多和田葉子《獻燈使》(2014.10 講談社出版)。鎖定於作品中描繪之震災状況以及作者多和田葉子為何311 發生之後一路持續不懈致力於震災主題描寫之意圖。分析手法是依據生態批評主義中常被沿用之「環境思想中從以人類為中心主義轉移至以環境為中心之主義」、「以人類為中心主義之解體與環境為中心主義」主張為論述之骨幹,嘗試依此當作後311 時代所需之環境為中心主義之觀點來分析文本《獻燈使》。並從中探索作者多和田葉子對於震災.核災議題的關心以及將之實踐於文學作品的理念。業經考察所得出的結果顯示:作者勾勒暴露於輻射之下的日本島國的近未來的悲慘命運,是繼「不死之島」問世之後維持一貫關注核災議題的延伸。作者希望透過書寫核災呼籲日本國民意識到日本正面臨著嚴峻議題考驗的局面,才完成此寓言式《獻燈使》的創作。寓言式《獻燈使》的閱讀方式之外,還必須能窺得出作者的用意在於昭告世人:若不藉由正視環境課題而進行近代人類為中心主義的解構,當今人類所處的現代文明社會不免難逃因環境激烈變化而招致生存滅亡的浩劫危機。jp1727-2226國內否TWN
73 104/2 日政所 小山直則 副教授 期刊論文 發佈 アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加要因について , [104-2] :アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加要因について期刊論文アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加要因について小山直則アジアインフラ投資銀行;参加要因;クロスセクション分析;プロビット分析;亞洲基礎建設投資銀行;參與因素;橫斷面資料分析;常態機率分析;AIIB(Asian Infrastructure Investment Bank);Participation Factor;Cross-section Analysis;Probit Analysis問題と研究 : アジア太平洋研究専門誌 45(2), pp.73-104jp0288-7738國內是TWN
74 105/1 日文系 中村香苗 副教授 期刊論文 發佈 フィッシュボウル式訓練による議論スキル習得-日本語L1-L2話者間のディスカッションから-魚缸式訓練之討論技巧習得--日語L1和L2會話者的討論實例研究-- , [105-1] :フィッシュボウル式訓練による議論スキル習得-日本語L1-L2話者間のディスカッションから-魚缸式訓練之討論技巧習得--日語L1和L2會話者的討論實例研究--期刊論文フィッシュボウル式訓練による議論スキル習得-日本語L1-L2話者間のディスカッションから-魚缸式訓練之討論技巧習得--日語L1和L2會話者的討論實例研究--魚缸式訓練之討論技巧習得-日語L1和L2會話者的討論實例研究-中村香苗フィッシュボウル式議論訓練;日本語L1話者;日本語L2話者;議論スキル習得;魚缸式討論訓練;日語L1會話者;日語L2會話者;討論技巧習得台大日本語文研究 32, p.165-192本研究では、台湾の大学で実施された日本語L1、L2話者合同のフィッシュボウル式議論訓練を通して、参加者の議論スキルがどのように向上したのかを検証した。3つのグループを対象に、振り返りの会話及び記述データと2回の議論の会話データを検証した結果どのグループも1回目の振り返りで発見した問題点に関して、2回目の議論では言語行動の変化が起こっていた。具体的には、時間確認や議論全体の流れの決定など議論管理に関連する行動、L1、L2学生の協働による議論進行や座席の工夫など対等な関係性を高める行動、さらに念入りな事前準備や客観的な情報にもとづく発話など意見の多様さや議論の深まりを意識した行動の面での改善が確認できた。これらの結果は、フィッシュボウル式訓練がL1-L2話者間の議論スキル向上に関して、気づきの面だけではなく、スキル習得面でも定の学習効果があることを実証するものである。 本文探究針對日語L1和L2會話者設計的魚缸式討論訓練如何改變參與者的討論技巧。本研究聚焦於三個討論小組,檢視參與者的自我檢討筆記,第一次與第二次團體討論過程以及討論後口頭檢討的錄影檔案。分析顯示,經過自我與集體的檢討,參與者意識到第一次討論中發生的問題,實際上改變了他們在第二次討論中的語言行為。具體來說,他們調整其行為,改變了討論進行的安排管理,追求參與的平等、意見的多元性、以及討論的深度等等。根據這些分析,可得出以下結論:作為訓練方法的魚缸式討論,可以有效率地提高日語L1和L2會話者的團體討論技巧。jp1609-8978國內THCI Core;是TWN
75 105/1 日文系 田世民 副教授 期刊論文 發佈 脇蘭室の思想ー聖賢に学ぶ修己治人の道ー , [105-1] :脇蘭室の思想ー聖賢に学ぶ修己治人の道ー期刊論文脇蘭室の思想ー聖賢に学ぶ修己治人の道ー脇蘭室的思想—向聖賢學習修己治人之道—田世民脇蘭室;歲闌漫語;修己治人;熊本藩台大日本語文研究 32,頁223 - 247本稿は、これまで近世思想史の中であまり注目されてこなかった豊後国(今の大分県)速見郡小浦出身の儒者脇蘭室(1764-1814)を取り上げてその思想を考えるものである。蘭室は、天明4(1784)年21歳の時、熊本に遊学し藪孤山の門に入って朱子学を学んだ。そして、天明5(1785)年とその翌年の2度に亘って、豊後富永の三浦梅園を訪ねて教えを請うた。さらに、天明7(1787)年24歳の時大坂に遊学して懐徳堂の中井竹山の門を叩いた。大坂での滞在はわずか5ヶ月だったが、その後頻繁な書簡の往復や33歳の大坂再訪などによって師竹山をはじめ懐徳堂周辺の知識人たちと密接な交流を重ねた。本稿は、まず蘭室の『歳闌漫語』といった著作を取り上げそこに込められた「修己治人の道」という大きなメッセージ、およびそれに関わる蘭室の顔子評価を考える。さらに、蘭室の思想がいかに熊本藩の指導者への建言書に集約され経世論として展開されていったのかを見ていく。 本文的目的是探討前此在近世思想史不受注目的儒者、豐後國(今大分縣)速見郡小浦出身的脇蘭室(1764-1814)的思想。蘭室在1784(天明4)年21歲時遊學熊本、入藪孤山(1735-1802)之門。翌年拜訪豐後的三浦梅園(1723-1789),向其問學請益。1787(天明7)年24歲時遊學大坂、師事懷德堂的中井竹山(1730-1804)。蘭室在大坂僅停留五個月,但是之後透過頻繁的書信往返、以及33歲時再訪大坂,與竹山及懷德堂有關的知識人之間有著密切的交流。本文分析蘭室的《歲闌漫語》等著作,探討其如何強調「修己治人之道」、並以此評價顏淵。還有,分析蘭室向熊本藩執政者的建言論著,來探討他的經世思想。jp1609-8978國內THCI Core;是TWN
76 97/1 日文系 馬耀輝 副教授 期刊論文 發佈 近世日本の支配構造と武士の社会倫理思想--武家の家訓.遺訓を読む , [97-1] :近世日本の支配構造と武士の社会倫理思想--武家の家訓.遺訓を読む期刊論文近世日本の支配構造と武士の社会倫理思想--武家の家訓.遺訓を読む馬耀輝淡江日本論叢=Tamkang Japanese Journal 18,頁 55-64jp2075-356X國內是TWN
77 105/1 日文系 江雯薰 教授 期刊論文 發佈 物語の構造から見た時間副詞について─「このころ」「そのころ」「あのころ」を中心に─ , [105-1] :物語の構造から見た時間副詞について─「このころ」「そのころ」「あのころ」を中心に─期刊論文物語の構造から見た時間副詞について─「このころ」「そのころ」「あのころ」を中心に─An Investigation on Temporal Adverbs in Different Story Sections: Focusing on "konokoro," "sonokoro," and "anokoro"江雯薰このころ;そのころ;あのころ;指示詞;形式名詞;このころ;そのころ;あのころ;指示詞;形式名詞台灣日本語文學報 40,頁159 - 182物語の四層構造から見た三語の異同をまとめると、以下の通りである。発話部の場合では、「あのころ」は発話時を基準軸とするものであるが、「このころ」「そのころ」は出来事時を基準軸とするものであることがわかる。また、話し手と聞き手が共通に体験していない出来事について述べる場合や予想される未来の出来事を表す場合は、「そのころ」が用いられるが、共通に体験している出来事について述べる場合や独り言の場合や、話し手の特定の体験について尋ねられている場合は「あのころ」が用いられる。なお、話の流れの中で特に相手の注意をひきたい部分では、「このころ」が用いられる。それに対して、発話部以外の場合では、「このころ」は「コメント部」に、「そのころ」は「背景部」の「微視的背景」に、「あのころ」は「背景部」の「巨視的背景」に属する。このように物語の四層構造という観点から三語の使い方をみると、指示詞の「この」「その」「あの」からの影響があると言える。 從故事的四層構造來看「このころ」「そのころ」「あのころ」的異同點時可得知:在會話文的場合,「あのころ」是以說話點為基準而「このころ」「そのころ」是以事情發生的時間點為基準。還有,敘述說話者與聽者之間非共同體驗或表示預測未來的場合是使用「そのころ」,而敘述說話者與聽者之間的共同體驗或自言自語或說話者特定體驗的場合則使用「あのころ」。另外,在話題中特別想引起對方注意的場合則用「このころ」。相對於此,會話文以外的場合「このころ」屬於「評論部」,「そのころ」屬於「背景部」中的「微視的背景」,「あのころ」屬於「背景部」中的「巨視的背景」。如此看來,依故事的四層構造這個觀點來看「このころ」「そのころ」「あのころ」這三語的使用方
78 96/1 國企系 劉一成 副教授 期刊論文 發佈 金融緩和政策の有効性-90年代末日本に起きた流動性とデフレの罠を例として , [96-1] :金融緩和政策の有効性-90年代末日本に起きた流動性とデフレの罠を例として期刊論文金融緩和政策の有効性-90年代末日本に起きた流動性とデフレの罠を例としてA Study on the Effectiveness of the Monetary Policy-using the Japanese Liquidity Trap and Deflation Case in 2000sYi-cheng Liu淡江日本叢論 16,頁71 - 921990年代末から日本は今までなかったゼロ金利政策をとった。さらに2001年より量的緩和政策を実行した。であるにもかかわらず、日本の経済は流動性とデフレの罠に陥った。これらの政策は信用秩序、金融システムの安定や景気と物価に対する効果を実証研究によって、金融緩和政策の有効性に重要な例かつ経済学にとって有意義である。本稿は主に2006年3月金融緩和政策の解除までのデータを用い、各研究者の実証結果を分析、整理した上で、その有効性を検証する。それに政策スタンスをゼロ金利と量的な金融緩和政策に分けて、それぞれの効果を評価する。特に量的な緩和に焦点として検視することである。総じて、ゼロ金利政策は、不良債権の先送りと企業のバランス・シート調整の遅れなどで、景気刺激効果はほとんどなかった。一方、量的緩和政策は金融機関の破綻を回避し、金融システム不安の広がりを防ぐことができたので、信用秩序維持政策効果があった。jp2075-356X國內否TWN
79 104/2 日文系 徐佩伶 副教授 期刊論文 發佈 日本語における非意図的他動詞文の実現に関する考察 , [104-2] :日本語における非意図的他動詞文の実現に関する考察期刊論文日本語における非意図的他動詞文の実現に関する考察徐佩伶非対格;非意図的他動詞文;他動詞性;項構造;概念構造日本學刊 19, pp.65-79本稿は、日本語の非意図的他動詞文の実現条件を影山(1996)の動詞の分類に基づき、形 態的、意味的、統語的な側面から考察し、日本語の非意図的他動詞文の実現条件を動詞の 形態と意味からある程度予測できることを示した。つまり、動詞の語彙特性によって外項 が「動作主」として指定される場合では、非意図的他動詞文が実現しにくく、外項が「動 作主」以外の意味役割を担うことができる動詞の場合は、非意図的他動詞文が実現しやす いという傾向が分かった。jp1727-7183國外徐佩伶是CHN
80 104/2 日文系 施信余 副教授 期刊論文 發佈 日本語母語話者と台湾人日本語学習者の接触場面における調整行動ー遠隔接触場面と対面接触場面の比較を試みるー , [104-2] :日本語母語話者と台湾人日本語学習者の接触場面における調整行動ー遠隔接触場面と対面接触場面の比較を試みるー期刊論文日本語母語話者と台湾人日本語学習者の接触場面における調整行動ー遠隔接触場面と対面接触場面の比較を試みるーThe Adjustment Behavior Occurred in Conversation BetweenJapanese Native Speaker and Taiwanese Japanese Learner:Compare between remote scene and face-to-face scene施信余遠距對話場景;面對面對話場景;語言形式上的調整行為;發言內容上的調整行為;會話分析淡江外語論叢 27 ,頁124 - 148本論文從「語言形式上的調整行為發言內容上的調整行為」、「要求對方調整.實際執行調整」這兩個觀點來進行檢證,以實際對話內容為分析對象,採用會話分析的手法來探討分別在「遠距對話場景」及「面對面對話場景」中調整行為使用上的特徵。分析結果發現,身處在遠距對話場景中亦或是面對面對話場景中,日語母語話者在調整行為的使用上沒有明顯差異;然而,日語學習者處於面對面對話場景時,不但面臨的語言形式上的問題較處於遠距對話場景時少,也較容易採取引導更深層對話內容的調整行為。jp1562-7675國內是TWN
81 104/1 日文系 林寄雯 副教授 期刊論文 發佈 翻訳語から移動の中の「日本」を探る―和製漢語から台湾にある日本語からの借用語まで― , [104-1] :翻訳語から移動の中の「日本」を探る―和製漢語から台湾にある日本語からの借用語まで―期刊論文翻訳語から移動の中の「日本」を探る―和製漢語から台湾にある日本語からの借用語まで―探討移動中的「日本」 ──從和製漢語到台灣所使用的日本借用語──林寄雯翻訳語;和製漢語;台湾語;借用語;語彙淡江日本論叢 32 ,頁117 - 138翻訳語の魅力は「新しく知る難解な高級そうな言葉」(柳父章)であるところにある。魯迅は「硬訳」の訳し方を掲げ、原文の表現を取り入れることによって中国語の語彙を豊富にする方法を唱えた。また、谷崎潤一郎は元来外国語である漢語が「純粋の大和言葉よりはエキゾチックな感じを出し易く、何となくハイカラに聞こえる」(文章読本)と述べ、明治初年日本が西欧語といった異質の体系の言葉と直面したときの実態を述懐した。今回のシンポジウムのテーマである移動の中の「日本」を筆者なりに日本語また日本文化を受容する過程に焦点をしぼりたいものである。目標文化が異質なテキストによって豊かになるプロセスである。 本論は日本によって作られた和製漢語の中国への逆輸入から近年台湾における日本語を多量に借用する現象までに関して考察するものである。多文化コミュニケーション能力を育むことが重要視されつつある昨今、漢字を共通項としている台湾、日本、そして中国大陸との翻訳を通しての新たな相互理解が期待される。jp2075-356X國內是TWN
82 104/2 日文系 富田哲 副教授 期刊論文 發佈 元台湾語通訳者市成乙重とアジア・太平洋戦争期の「福建語」 , [104-2] :元台湾語通訳者市成乙重とアジア・太平洋戦争期の「福建語」期刊論文元台湾語通訳者市成乙重とアジア・太平洋戦争期の「福建語」Ichinari Otoshige, Former Taiwanese Interpreter, and Hokkien During the Asia-Pacific War.富田哲市成乙重;福建語;台灣語;「南方共榮圈」;華僑跨境/日本語文學研究 3,頁19-34This paper will discuss 'An Introductory to Hokkien' (『福建語入門』) , a textbook of Hokkien language written by Ichinari Otoshige during the Asia-Pacific War. He had taught Taiwanese, the same language as Hokkien, to the Japanese in Taiwan during the early Japanese colonial period. He, however, called the language Hokkien, not Taiwanese, in the textbook's title in 1942 because he wanted to describe it, not as the Taiwanese language but as the language of the overseas Chinese living in the "Southern Co-Prosperity Sphere." The people and the sphere, however, were not portrayed in the textbook for the Japanese learners, albeit some names of the places and movements of the Japanese and Taiwanese in the sphere were used as topics in the dialogues. It is fair to say that cultural translation, which auth
83 104/2 日文系 富田哲 副教授 期刊論文 發佈 [書評]山本和行著『自由・平等・植民地性ー台湾における植民地教育制度の形成』 , [104-2] :[書評]山本和行著『自由・平等・植民地性ー台湾における植民地教育制度の形成』期刊論文[書評]山本和行著『自由・平等・植民地性ー台湾における植民地教育制度の形成』富田哲国家教育社;教育制度;自由;平等;植民地性;義務教育天理台湾学報 25, pp.205-214本稿は、2015年に刊行された山本和行『自由・平等・植民地性―台湾における植民地教育制度の形成―』(台北:国立台湾大学出版中心、800元、ISBN:978-986-350-072-8)の書評である。著者は、自由・平等・植民地性という概念をキーワードとして、日本統治初期台湾における教育制度の形成を、1890年代の教育制度をめぐる議論の動向と対照させながらあきらかにしようとしている。というのも、1890年代の議論において大きな位置を占めていた国家教育社という全国的な教育団体の社員が、日本統治草創期の台湾の教育行政および教育現場で重要な役割をになっていたからである。  使命感をいだいて「新領土」台湾へわたった国家教育社社員の存在を考えれば、「内地」での議論を背景として台湾で教育費の国庫負担や義務教育の実施が検討される可能性もあったように思われる。しかし結局は、「内地」と「外地」の峻別を前提として教育制度の構築が進み、植民地性が付与されていくことになった。jp1344-3291國外否JPN
84 104/2 日文系 闕百華 副教授 期刊論文 發佈 台湾の小・中学校における日本語教育の現状とあり方 , [104-2] :台湾の小・中学校における日本語教育の現状とあり方期刊論文台湾の小・中学校における日本語教育の現状とあり方闕百華國際教育;十二年國民基本教育;課程綱要;日語教育;第二外國語教育淡江外語論叢 27,頁149-174本研究探討『中小學國際教育白書』和「十二年國民基本教育課程綱要總綱」中,有關於推展國際教育以及語言教育的政策規定。對照國民中小學日語教育的現況,建議今後推展國際教育以及第二外語教育應加強跨學術領域的合作研究,發展「第二外語(日語)+文化」的社團活動,以及研發包含「日語活動」在內,和其他領域/教科學習結合的「國際教育融入課程」。jp1562-7675國內是TWN
85 103/1 教務處 鄭東文 教授 期刊論文 發佈 Combined effect of reversible flocculation and ultrahigh pressure in high-level deliquoring attained by expression of activated sludge , [103-1] :Combined effect of reversible flocculation and ultrahigh pressure in high-level deliquoring attained by expression of activated sludge期刊論文Combined effect of reversible flocculation and ultrahigh pressure in high-level deliquoring attained by expression of activated sludge活性汚泥の圧搾による高度脱水における可逆凝集と超高圧の複合効果入谷英司; 片桐誠之; 鷲津拓也; 黄國楨; 鄭東文Ultrahigh-Pressure Expression;Reversible Flocculation;Deliquoring;Activated Sludge;Cake Moisture ContentKagaku Kogaku Ronbunshu 40(5), pp.396-403High-level deliquoring of excess municipal activated sludge was accomplished by use of an inorganic flocculant, polyaluminum chloride (PACl), and an organic polymer flocculant, Kurifix. The deliquoring process consisted of filtration of flocculated sludge followed by ultrahigh-pressure expression combined with water permeation through the filter cake, resulting in the re-distribution of flocs in the filter cake. Whereas the use of Kurifix increased the filtration rate significantly more than PACl, it decreased the expres
86 104/2 日文系 廖育卿 副教授 期刊論文 發佈 「半日」における博士夫人の〈気違〉ー森鷗外ドイツ三部作における〈狂気〉との類縁性ー , [104-2] :「半日」における博士夫人の〈気違〉ー森鷗外ドイツ三部作における〈狂気〉との類縁性ー期刊論文「半日」における博士夫人の〈気違〉ー森鷗外ドイツ三部作における〈狂気〉との類縁性ーA Study of the "Madness" Seen in the Doctor's Wife in Hanjitsu : The Affinity with the "Insanity" in Mori Ogai's German Trilogy廖育卿森鷗外;気違;狂気;嫉妬;女性比較文化研究 121,頁25-35jp0914-0247國外否JPN
87 101/2 亞洲所 小山直則 副教授 期刊論文 發佈 高橋信宏『産業内貿易の理論』を読む , [101-2] :高橋信宏『産業内貿易の理論』を読む期刊論文高橋信宏『産業内貿易の理論』を読むNobuhiro Takahashi, The Theory of Intra-Industry Trade小山直則産業内貿易;参入政策;ネソトワーク外部性経営研究 64(1), p.109-114本論文針對高橋信宏(2013)的產業內貿易理論,進行了各章的整理以及評論。首先探討的問題是,為何高橋(2013)會得出,即使是小國,根據其參入政策的不同也有可能影響他國的效用水準這樣的結論。接著會探討,Nash均衡解的大小是隨兩國之間的企業分布比率及強弱關係而改變,是否是小國並不重要此一結論。再下來會討論,勞動力豐富的大國(發展中的大型國家)在貿易上有可能遭逢不利,以及其產生政策介入的必要性的要因等問題。最後會評論,高橋(2013)中對於Kikuchi, T.(2002)提出的,存有網路外部性(Network externality)的小國的貿易模式所進行的再檢討。jp0451-5986國外否JPN
88 91/2 亞洲所 蔡錫勳 副教授 期刊論文 發佈 脫日本‧超アメりカ的経営-日米企業の一連の不祥事を中心として- , [91-2] :脫日本‧超アメりカ的経営-日米企業の一連の不祥事を中心として-期刊論文脫日本‧超アメりカ的経営-日米企業の一連の不祥事を中心として-蔡錫勳日本的経営;アメり力的経営;経済的な原爆;BSE(狂牛病)淡江日本論叢 12,頁283-306アメリカ的経営はいつも日本企業の手本である。日本の学者や経営者はずっと日米経営の差異を議論してきた(加護野他、1997;八城、2000)。もちろん、どんな経営手法にも問題があり、他人の長所が必ずしも自らの企業体質に合うとは限らないが、日本の長引く不況と90年代のアメリカ経済の繁栄に伴って、グローバル・スタンダードという名のアメリカ的経営の見方に傾く議論が多くなった(糸瀬、1998;蔡、2002)。アメリカ的経営が礼賛される一方、米通信大手2位のワールドコムの不正経理疑惑・破たんはアメリカ的経営の不完全さを示すものだった。確かに、アメリカ的経営は短期志向の弊害を生じたが、腐ったリンゴを除去するという自浄作用について言えば今後も日本企業の手本であり続けることは間違いない。現在、アメリカ企業はどこが悪かったか、失敗の再発をどう防げばいいかを必死に検証している。日本企業はアメリカ的経営を批判する同時に、後発としてアメリカ企業の失敗を学習すべきではないか。jp2075-356X國內0TWN
89 89/2 亞洲所 蔡錫勳 副教授 期刊論文 發佈 ソニーの経営戦略 , [89-2] :ソニーの経営戦略期刊論文ソニーの経営戦略SONY's Strategic Management蔡錫勳メイド・イン・ジャパソ;盛田昭夫;井深大;ウォークマン;タイムシフト;デファクト・スタンダード淡江日本論叢=Tamkang Japanese Journal 10,頁483-503jp2075-356X國內否TWN
90 104/1 外交與國際系 林若雩 教授 期刊論文 發佈 2015 年のASEAN 経済共同体-事実か幻想か? , [104-1] :2015 年のASEAN 経済共同体-事実か幻想か?期刊論文2015 年のASEAN 経済共同体-事実か幻想か?林若雩問題と研究 44(3), p.1-44jp國內TSSCI;否TWN
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